ビューティ・コラムcolumn

第98回 徹底解説ニキビ3:発症メカニズム、アクネ菌毒素キャンプファクターについて

一番多くの方が悩むのがニキビです。ニキビの原因としてアクネ菌の関与が報告されてきました。人の共生菌として存在するアクネ菌は、すべてのヒトの顔などの皮膚に102から106個/cm2も存在するといわれています。アクネ菌は酸素を嫌う嫌気性菌で酸素の乏しい毛穴にすみ、プロピオン酸や乳酸などの脂肪酸を産生して皮膚を弱酸性に保ち、化膿性の黄色ブドウ球菌などの増殖を防ぎます。また皮脂のトリグリセリドを分解してグリセリン(グリセロールともいいます)を生じ、皮膚に潤いを保ちます。アクネ菌にとっては酸素の乏しい毛穴に住んでいれば、常に餌になる皮脂にありつけるわけです。イソギンチャククマノミのような共生関係ですね。

ヒトと共生するアクネ菌がなぜニキビの原因となるのか不明でした。抗生物質を投与して軽快することがあるため、ニキビの発症にアクネ菌が関与することは間違いないとされてきました。一方、激しいニキビの方の組織からアクネ菌が検出できない、できても正常皮膚とほぼ同じ個数であり、 とてもアクネ菌の増殖がニキビの原因とは思えないとする報告もありました。毛穴に黄色ブドウ球菌が入り込んで増殖する“おでき”では菌はゼロから103個105個と劇的に増加するのです。僕も大きく腫れあがったニキビが存在する方の組織から、アクネ菌が検出できない、いう経験がありました。一方、菌が検出できないあるいは少数しかいないニキビの組織では毛穴の周囲に多数の好中球が存在していました。そしてかなりの細胞が破裂していました。

いわゆる激しい炎症反応を起こしていたのです。これらの所見からニキビは細菌が激増する感染症ではなく、アクネ菌に対する免疫の過剰反応が起こり、好中球が放出する活性酸素、サイトカインが毛穴を中心にダメージを与えている状態がニキビと考えました。そこで僕は強力な活性酸素の消去作用を持ち、サイトカインの産生を抑える、高濃度ビタミンC誘導体の外用を行い、ニキビに効果を発揮することを見出しました。ビタミンCローションとビタミンCクリームの併用でビタミンCの濃度を上げたり、イオン導入をして皮膚に浸透するビタミンCの量を上げると、ニキビの治療効果が上がることも僕の認識を支持するものと考えてきました。ビタミンCと抗生物質の併用がニキビに対する治療効果をあげることもあります。

ですからアクネ菌に対する過剰な免疫反応が何らかのきっかけで起こったのがニキビと考えてきたのです。いずれにしてもニキビはアクネ菌、炎症が関与しているが、通常の感染症や炎症とは微妙に異なる疾患であると、医師に認識されてきたのです。もしニキビが純粋な感染症であれば、抗生物質の外用や内服、あるいは点滴などであっという間に治癒するはずなのです。でもそうはならない、どうしてだろうと臨床医は悩んできたのです。

最近、遺伝子学や培養技術の進歩によりアクネ菌の分類が進みアクネ菌はタイプⅠ、Ⅱ、Ⅲの3型に分類されることが判明しました。アクネ菌は嫌気性細菌ですが、酸素の多い好気性の環境にも耐えます。そして各人には複数のタイプのアクネ菌が存在することもわかりました。

そして複数のタイプのアクネ菌を好気性環境と嫌気性環境で培養しました。好気性の環境ではすべてのタイプの菌は毒素を産生しません。一方嫌気性の環境では タイプIのアクネ菌のみがキャンプファクターという菌体外毒素を産生するようになることが、判明したのです。CAMPとはこの毒素を発見した4名の方の頭文字です。キャンプファクターは 赤血球を溶解する溶血性連鎖球菌が産生する毒素と共通構造を持つ毒素です。キャンプファクターは表皮細胞やアクネ菌を攻撃する免疫担当細胞のマクロファージや好中球などの細胞膜に作用して細胞膜に小さな穴を開ける作用を持っています。作用が大きければ細胞は破裂して死んでしまいます。

アクネ菌に対する免疫反応はキャンプファクターを産生するようになると起こります。すなわち、アクネ菌がキャンプファクターを産生しないと起こらないのです。ですからキャンプファクターを産生しないアクネ菌は共生菌として人の皮膚に炎症を起こさずに存在できるのです。嫌気性環境になるとアクネ菌はキャンプファクターを産生して増殖しますが、その数は感染症のように10倍、100倍と飛躍的に増加せず、せいぜい数倍のレベルなのです。ですからニキビの患者さんのアクネ菌の数は、炎症を起こしていない毛穴のアクネ菌の数とあまり変化が生じなかったのです。

通常の毛穴はある程度開いており、嫌気性の環境とはなりません。毛穴は深い真皮の部分では太いのですが、出口の表皮の部分が、歯磨きのチューブのように細くなっています。なぜこのような形をとるかというと、広すぎるとブドウ球菌などの病原菌が侵入しやすくなる、微妙な皮脂分泌の調整ができなくなるからでしょう。毛穴の出口の周囲の表皮細胞や角質細胞がストレスや過剰な脂質を含んだ食事などで増殖すると、毛穴は閉鎖され、嫌気性の環境となります。

臨床的にはこの状態をコメドといいます。コメドとは俗にいう毛穴に黒い皮脂が詰まった状態ではなく、ニキビの始まりの段階を指します。毛穴が少し膨らんで、常色か、やや赤みがある状態です。

 

上の写真 矢印の先の小さく白く盛り上がっているのがコメドです。その上にもたくさんあります。

出口が詰まった毛穴に抗生物質を外用してもなかなか菌に到達することはできません。抗生物質を内服して何パーセントの成分が毛穴に到達して、何割のアクネ菌を低下させるかという報告もまだないのです。生体外の培養皿でアクネ菌を殺す抗生物質を使用してもそれがアクネ菌を毛穴から一掃できるという確証はまだないのが実情です。このように抗生物質がなかなか毛穴に到達しにくいということが、ニキビがなかなか治らない原因の一つです。

毛穴がアクネ菌の生育に非常に適した場所であるというのも、抗生物質だけでニキビが治らない原因のひとつかもしれません。さらに、アクネ菌はバイオフィルムという膜を作り、抗生物質が浸透するのを防ぐことも判明しています。下水管の表面に生じるヌルヌルの膜がバイオフィルムです。好中球やマクロファージなどの免疫担当細胞は活性酸素や蛋白分解酵素を放出して、アクネ菌を酸化、変性させて、死滅させようとします。ところがアクネ菌はRoxPという活性酸素を無毒化する酵素を放出して免疫担当細胞からの攻撃を逃れることができる非常にタフな細菌なのです。

アクネ菌を排除しようとする免疫反応の後半の仕上げの手段として好中球はアクネ菌を細胞の中に取り込んで、蛋白分解酵素や活性酸素でアクネ菌を攻撃します。これを貪食作用、ファゴサイトーシスといいます。貪食作用の際、好中球はファゴソームという小さな袋を形成してアクネ菌を取り込みます。ファゴソームの膜は、アクネ菌を取り込む際に、一番外側の細胞膜が内側に反転してできたものです。細胞の中にはライソゾームという異物を分解するための加水分解酵素を内包したライソゾームという袋があります。加水分解酵素はアクネ菌分解酵素です。アクネ菌を取り込んだファゴソームはライソゾームと融合します。この結果ライソゾームのアクネ菌分解酵素や細胞内で産生された活性酸素がファゴソーム内のアクネ菌に作用してアクネ菌を殺菌することが可能になるのです。ファゴソームとライソゾームの融合には、ファゴソームやライソゾームの膜や細胞膜に存在するスフィンゴミエリン(SM)という脂質を分解することが必要です。そのため細胞内でスフィンゴミエリン分解酵素(SMase)が放出されます。その結果SMは減少し、GPIという脂質を膜につなぎ止めるタンパク質(GPI-anchored protein、GAP)が膜の表面に露出します。

これがアクネ菌を一掃するためのヒトの免疫反応です。ところが、アクネ菌の産生するャンプファクターは実に巧妙にヒトの免疫反応を利用して、免疫反応から逃れることを可能にするのです。キャンプファクターはファゴソームなどの膜に生じたGAPに結合します。結合したキャンプファクターは、ほかのキャンプファクターの受容体となり、より多くのキャンプファクター が結合するようになります。キャンプファクターは前述したように膜に穴をあける毒素です。ですから多くのキャンプファクター が結合したファゴソームの膜や細胞膜に多くの穴が開いてしまい、アクネ菌はファゴソームや細胞から逃げ出してしまうことが可能になるのです。

上は好中球がアクネ菌を貪食しても、キャンプファクターにより細胞膜を破壊されてしまい、アクネ菌が逃げ出す様子です。最近非常に興味深い報告がありました。人のニキビの患者さんの血清にはキャンプファクターに対する抗体が存在する。でもアクネ菌の数を減らしたり、炎症を抑える作用はないというものです。一方キャンプファクターを実験動物に投与してキャンプファクターに対する高濃度を中和抗体(ワクチン)を作り実験的なニキビの病巣に投与すると、アクネ菌の数が低下、炎症が低下する、という報告です。

下の図は抗キャンプファクター抗体のイメージを示しました。抗キャンプファクター抗体の投与により炎症が収まっています。

さらにアクネ菌の遺伝子を改変してキャンプファクターを作れないようにしたアクネ菌を生体外で培養してみました。増殖速度は、キャンプファクターを産生するアクネ菌とまったく差がありません。これは、キャンプファクターは直接細胞の増殖には関与していないということを示します。この二つのアクネ菌(キャンプファクター産生する、キャンプファクターを産生しない)を実験動物の皮膚に投与するとキャンプファクターをつくるアクネ菌は増殖して炎症反応をおこす。キャンプファクターを産生しないアクネ菌では数はあまり増加せず炎症もあまり起こさないというものです。培養と異なり、アクネ菌の周囲に生体の組織があると、キャンプファクターが増殖、炎症に関与するというものです。実験的に人のキャンプファクターに対する抗体を作りワクチンとして、あらかじめ動物に投与しておくとキャンプファクターを産生するアクネ菌を皮膚に注射した場合の、アクネ菌の増殖と炎症が抑制されます。そしてヒトのニキビの病巣部ではキャンプファクターがたくさん存在するが、非病巣部では毛包と皮脂腺の周囲にわずかに存在したというものです。これらの結果よりニキビはアクネ菌がつくるキャンプファクターにより発症し、中和抗体で作用をなくすとアクネ菌は増加せず、炎症も起こらなくなるというものです。この実験結果はアメリカで非常に好意的に紹介され、将来のニキビ治療の道を開くとされました。現時点では中和抗体の副作用や毒性の有無は不明であり、安全性の確立した抗キャンプファクターワクチン(抗キャンプファクター抗体)の登場まで待つ必要があります。アクネ菌が嫌気性環境になりキャンプファクターを産生して、炎症を起こしてニキビが発症する。それならばキャンプファクターを無毒化してしまえばいいという画期的な治療法です。登場が待たれます。