ビューティ・コラムcolumn

第28回 ストレス撲滅の特効薬:エンドルフィン、脳内麻薬は皮膚麻薬(1/6)

適度なストレスは人生のスパイスですが、過度なストレスは人生を悲惨、ぼろぼろにしてしまいます。そんなストレスから逃れて、多幸感に浸ることができたらどんなに幸せでしょう。実はストレス撲滅の特効薬として、昔から知られている物質があります。そう、麻薬です。

代表的なものとしてアヘンがあります。アヘンを精製したものがモルヒネです。なぜアヘンのような植物由来の物質が、我々に作用して多幸感をもたらすのでしょうか?それは我々の体の中にはアヘンが結合する受容体(リセプター)があるからです。ではアヘンがくっつく受容体には、本来なにが結合するのでしょうか?

それが、神経伝達物質のひとつであり、脳内麻薬として知られるエンドルフィンなのです。我々の脳内にはたくさんの神経が存在します。また脳と筋肉も複数の神経でつながっています。これらの神経とほかの神経の間には20-40nmの隙間があります。これをシナプスといいます。シナプスに分泌されて情報を伝達する物質が神経伝達物質です。この神経伝達物質が脳だけでなく、皮膚にも存在することは以前から知られていました。たとえば、いらいらすると神経からサブスタンスPという物質が放出されて、皮脂腺を肥大活性化してニキビを悪化させるということは、すでに述べましたが、実はサブスタンスPも神経伝達物質なのです。神経伝達物質は、アセチルコリンやノルエピネフリンのように小分子ですばやく作用するものと、分子量が大きく、ゆっくり作用するものに分けられます。後者にはサブスタンスP、エンドルフィン、ACTH(副腎皮質刺激ホルモン),MSH(メラノサイト刺激ホルモン),成長ホルモンなどが含まれます。我々の体の内ではストレスや運動など様々な状態に対応するために、神経伝達物質による神経性の調節機構と、ホルモンによる体液的な調節機構があります。すなわち神経伝達物質とホルモンは互いに協力して働いているのです。系統発生的にみると、両者は同一の起源である神経分泌細胞から出発しています。内分泌系の発達した人間においても、神経分泌細胞は脳の中にそっくり保存されて、神経内分泌調節の中枢として重要な役割を果たしています。

すなわち一部のホルモンは神経細胞が分泌する神経伝達物質なのです。神経伝達物質はとなりの神経にシグナルを伝達するもの、ホルモンは体液中に分泌されて、遠くはなれた標的臓器に効果を発揮するものです。その両方の効果を持っているのが、ホルモンであり、神経伝達物質なのです。アセチルコリンやエンドルフィンはともに神経伝達物質ですが、役わりはまったく異なります。エンドルフィンはわれわれの脳内に存在し、疼痛遮断作用や多幸感をもたらす物質です。エンドルフィンの分泌にはストレスや快楽、精神的感動などが多いに関与しています。ストレスの際に分泌される副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)やメラニン産生をうながすメラノサイト刺激ホルモン(MSH)そしてエンドルフィンをまとめて、ACTHグループ下垂体ホルモンといいます。これらのホルモンは共通の前駆体から、酵素の作用により切断されて、産生されます。これらのホルモンはストレスなどの刺激が加えられると同時に分泌されるのです。もちろん状況によってそれぞれのホルモンの量には差がでるようです。

たとえば我々が外敵に襲われて、足に怪我をしました。ライオンなどの外敵から逃げる際には痛みがあっては、うまく走れません。でもエンドルフィンがたくさん分泌されれば大丈夫です。痛みはなくなり、疾走には障害がなくなります。また痛いということが我々には大きなストレスになります。これを緩和するためにアヘンと受容体を同じくする、エンドルフィンという物質を持つようになったのです。追いかけてくるライオンを見て、恐怖のあまり足がすくんでしまうこともあるでしょう。しかしながら多幸感をもたらす、エンドルフィンがあれば大丈夫です。多幸感が恐怖を消し去ってしまうのです。

さて皮膚には、表皮を構成する表皮角化細胞、メラニンを作るメラノサイト、そして真皮にはコラーゲンやエラスチンやヒアルロン酸などを作る繊維芽細胞があります。最近これらの細胞のすべてが、エンドルフィン、ACTH,MSHなどを作る事がわかったのです。紫外線は細胞や遺伝子にダメージを与えるだけでなく、皮膚に炎症を起こします。紫外線を防ぐためにサンスクリーン作用を持つメラニンが増加します。また皮膚には活性酸素が生じます。サンスクリーン作用と活性酸素の消去作用を持つのがメラニンです。また炎症が激しくなりすぎると、皮膚に障害が生じてしまいます。メラニンやACTHには炎症を抑えるという大事な作用があるのです。またエンドルフィンの皮膚に対する作用はまだよくわかっていません。培養細胞に加えても、表皮角化細胞の増殖を促進しません。サイトケラチン16という物質は、正常の表皮角化細胞にはありません。ところが、表皮角化細胞の増殖が盛んになる状態、たとえば創傷の治癒過程や発ガン、乾癬という皮膚病で表皮角化細胞がサイトケラチン16を持つようになるのです。また紫外線にあたると、表皮角化細胞はダメージを受けてしまいます。この時、皮膚に過剰な炎症が起きないようにするのが、ACTHであり、メラニンを作って皮膚を紫外線から保護するのがMSHなのです。そしてこの時、ダメージを受けた表皮角化細胞は排除され、正常表皮角化細胞の増殖が起こります。この時にもエンドルフィンが分泌されるのです。

表皮角化細胞の培養液にエンドルフィンを入れると、表皮角化細胞はサイトケラチン16を持つようになるのです。おそらくエンドルフィンは皮膚にストレスなどがかかって、増殖や分化が必要なときに分泌されて、増殖、分化、そして炎症などをほかのホルモンと共同して調整しているのでしょう。アトピー性皮膚炎や化粧品かぶれなど皮膚にストレスがかかるとACTH,MSH、さらにはエンドルフィンなどのホルモンが血液中だけでなく皮膚で増加することも知られています。これらのホルモンは皮膚を保護すると同時に皮膚の過大な反応を抑える作用があるようです。過大な反応があると当然肌荒れを起こしてしまいます。ストレスとニキビの関係はよく知られています。最近、サブスタンスPという物質がニキビの発生に関係していることが判明しましたが、エンドルフィンはサブスタンスPの産生を抑える作用があることが明らかになりました。すなわちエンドルフィンにはニキビ防止効果があるのです。出産時にも分泌が増加することが知られています。

またランナーズハイはよく知られた現象です。運動した後の爽快間や多幸感にはエンドルフィンのレベルが大きく関与しています。その分泌量は3から5倍に上昇することが判明しました。また音楽を聴いて感動したときにもその分泌は増加します。私は開業当時、肩こりや不眠などのストレスを多いに感じていました。すべての患者さんを治すにはどうしたらいいかとない頭をひねりすぎて、緊張を促進する交感神経がオンになりっぱなしになってしまったのです。寝ようとしてベッドに入っても、交感神経が緊張したままだと寝つけるはずがありません。ストレスを緩和するにはなにがいいか、いろいろな本を読み漁りました。それが適度な運動と音楽だったのです。そうです、内分泌や神経の本を読み漁った結果わかりました。わたしはストレスからのがれるために一生懸命エンドルフィンを分泌させていたのです!!精神的感動や達成感にもエンドルフィンは大きく関与しています。エンドルフィンの量や分布に異常をきたすと、精神分裂病、自閉症やうつ病になる可能性も指摘されています。すでに詳しくストレスと皮膚症状のことを述べましたが、ストレスはシミ、くすみ、しわ、たるみ、にきび、毛穴の開き、敏感肌、乾燥肌など肌のトラブルのすべてを促進します。そのストレスから守るために我々はエンドルフィンという物質を分泌しているのです。ストレスを低下させる工夫がすなわち、エンドルフィンの分泌を増加させることなのでしょう。各種の抗うつ剤が有効でない方に試験的にエンドルフィンが投与され、有効であったという報告があります。美容医療と神経伝達物質の関係、そして可能性について考えてみましょう。皮膚だけでなく、筋肉や内臓も鍛えること、それが運動、低出力レーザー、コスメです。そして筋肉の動きの悪い面を消して、コラーゲンやエラスチンを増加させるのが、ディスポートです。いくらエンドルフィンが分泌されるからといって、やはり時には運動はつらいものです。美しくなれば、その自分の姿を見ることで、エンドルフィンもたくさんでるでしょう。もう一歩先の美を目指しての努力を継続することそれが一番大切です。運動すれば、多幸感をもたらすエンドルフィンが分泌されるんだということを一度知ってしまうこと、これこそ神が我々に与えた贈り物なのでしょう。先ほど述べましたが、皮膚におけるエンドルフィンの意義はまだ不明です。皮膚に大量のエンドルフィンが増加することは、前駆物質の流れから考えると、シミを作るMSHやコラーゲン産生を抑えるACTHも増加してしまうということを意味します。実際にストレスがかかると脳内ではACTH,MSH、エンドルフィンが下垂体からパラレルに分泌されます。しかしながら音楽をよく聴くヒトやスポーツをする人はたくさんエンドルフィンを持っていることはすでに述べました。

でもこれらのヒトの肌ではACTHやMSHもエンドルフィン同様に大量に増加するのでしょうか?答えはノーだと思います。なぜならこれらの方の肌は、けっしてたるんでいたり、くすんでいたりしていません。ストレスの場合ではパラレルに分泌されるこれらの3つ物質が、音楽やパラレルに分泌されるこれらの3つ物質が、音楽やスポーツで感動や快楽を感じた場合では、特にエンドルフィンが大量に皮膚や脳に生じるのでしょう。これらのことを図にまとめて見ました(図1,2)

前駆物質が同じなのになぜこのようなことが可能なのでしょうか?これらのホルモンを分解する酵素にはいくつかの種類があります。おそらく、ストレスや快楽という刺激によって、活性化される酵素の種類が微妙に異なるのでしょう。このメカニズムを完全に解明すること、そして皮膚におけるエンドルフィンの役目を完全に解明すること、そしてその役目がポジティブなものであれば、エンドルフィンだけを皮膚に増加させる化粧品を開発すること、それが新しいストレス撲滅、そして美肌実現の鍵になるのでしょう。皮膚に塗って匂いや使用感が心地よい、キメが細かくなった、しわがなくなった、このような、短期的、あるいは長期的な使用による満足感が血液中のエンドルフィンの分泌を増加させることは間違いないことだと思います。大きなストレスのひとつに皮膚のカユミや痛みがあります。カユミとは、痛みを感じる神経がごく弱く刺激されているという説があります。皮膚のエンドルフィンが増加することによって、これらの刺激が緩和される可能性は大いにあるでしょう。エンドルフィンがニキビを抑える作用があります。

このときカユミをおこすのがヒスタミンです。エンドルフィンがたくさんあれば、たとえニキビがたくさんできても、カユミや痛みを軽減するという作用は大いに期待できるでしょう。

最近、プロエンドルフィンを含む化粧品が発売になりました。

プロエンドルフィンが皮膚に入るとエンドルフィンに転換するそうです。この化粧品は予想したとおり、塗り味、香り共に、素晴らしいものでした。おもわずうっとりしてしまいます。残念ながらこの化粧品会社が述べるような効果、すなわち肌の張りが増加し、キメが細かくなるというころは実感できませんでした。面白いことに、この化粧品を購入したらなんとCDがついてきたのです。私はどうせ、癒し系のクラッシクでも入っているのだろうと思っていました。CDをかけてみたらびっくり、なんと1曲目にはビートのきいた曲が飛び出してきたのです。まただれでも知っているような、甘い曲も入っていました。全部で15曲ありますが、だれでも好みの曲が2?3曲はありそうです。この化粧品会社なかなかやるねと、私は思わずニヤリとしてしまいました。

エンドルフィンの本家本元、脳内からエンドルフィンを分泌させようとしているのです。エンドルフィンの皮膚レベルでの作用は未知です。しかしながら最近非常に興味深い報告があります。それは1個の細胞からなるいわゆる単細胞生物にもエンドルフィン用物質が存在するというのです。神経も持たないちっぽけな細胞の中で、エンドルフィンはいったい何をしているのでしょうか?ヒトも含めた生物は、不必要なものは持ちません。エンドルフィン、この物質は神経細胞だけでなく、各種の細胞にとって“ストレスから逃れるための御褒美"なのかもしれません。